1996年9月2日月曜日

返還を来年にひかえての香港経済

今度のお正月やすみは、英国統治下の香港を観光する最後の正月となる。来年の7月1日を期して、香港は中国の特別行政区となるからだが、最後の買い物チャンスと思うのか、日本等から香港への観光客が急増している。JTBによると、この夏の香港向け観光客は前年比で2割増とのことだ。しかし中国に返還されても、香港は引き続き高度の自治を有し、その社会制度、経済制度、生活様式を今後50年にわたって維持されることになっている。何もそんなに焦って出かけることもないだろう。

香港の繁栄は中国にとっても非常に重要である。その香港の繁栄は、自由な経済・金融機能が維持されるかどうかにかかっている。これは中国政府も十分に認識しており、だからこそ、香港のステータスは保証すると繰り返し意思表明がなされているのである。本当に大丈夫なのか、不安が残らないわけでもないが、これを云うことは、中国政府の言葉と能力を疑うことにもなり、失礼な話にもなりかねず、信頼する以外ないのである。

昨年、香港の日本商工会議所が実施した調査によると、香港にいる日系企業の85%が今後5年間の香港の事業環境を有望と見ているとのことである。もちろん将来を有望と判断するからこそ企業は香港に残っているわけで、この調査結果はいささか割り引いてみる必要はあるが、それでも大多数の民間ビジネスマンは香港の将来性に、中国政府の政策に信頼を置いていることがはっきりした。

しかし逆に云えば、もし返還後の香港が民間ビジネスマンの期待通りの、自由で繁栄する香港でなくなってしまうならば、期待が高かった分だけ失望感は大きくなってしまうということである。中国に対する民間ビジネスマンの信頼が崩れるということは、香港にとどまらず対中投資全般にも悪影響を与えかねない。中国の経済成長の持続は今後も引き続き外国企業の対中投資が続くかどうかにかかっていることを考えれば、こういった反動はとてもこわい。

どういった場合にビジネスマンが一番失望するかといえば、それは景気が低迷するときである。それがきっかけに企業家の信頼感が悪化し、それがさらに景気を減速させる。香港経済の将来を考える上で、コンフィデンスの問題以上に、香港をめぐる実体経済面での環境変化の動きが重要であろう。

その意味で昨年からの香港経済の減速が気になる。直接の原因となっている民間消費の低迷は、香港返還を前にした消費者の先行き不透明感からくるとの説明がある。そういう理由であれば消費者信頼感さえ回復すれば景気はピックアップすることになるが、よく見てみるとそうでもない。景気の減速は、心理的な要因で起こったものではなく、バブル崩壊以降の逆資産効果、中国経済の減速、香港ドルの実質レートの下落による交易条件の悪化などの具体的な理由に因るものなのである。特に中国本土の景気変動の影響が大きい。

香港と中国の経済の一体化はもう既成の事実である。だから、返還後の香港が繁栄を続けうるかどうかは、香港の問題という以上に、中国経済のパフォーマンス如何ともいえる。中国本土の実体経済の動きに注目したい。

(橋本 尚幸)